東京は暑い、これだけ暑いと冷えたビールか、それともうなぎか、ともかく仕事で暑さなど吹っ飛ばせ!の気合いで乗り切るならともかく、7時や8時頃まで漠然と会社に残ってそれから食事をするようでは暑さを満喫することはできない。適当な用事を口実に明るいうちに直帰するのが常識ではないか(?)、昼過ぎに出られるのなら湯河原あたりへの日帰り温泉旅行が海にも行けてよいが、今時分に出るとしたら、うなぎもいい。
こういう暑い日の夕方はしばしば江戸川橋の「石ばし」を夢想する。うなぎの有名店は多いが、向島の大和田(うちから歩いて3分)や浅草の前川(うちから歩いて15分)など高級老舗店は敷居が高すぎてどうも居心地が悪く、こういう店は敷居が高いことを好む人が行くべきだろう。わりと大衆的な有名店の上野・伊豆栄や浅草・川松、南千住・尾花などはやや観光ナイズされているのが気にかかり、久々に上京した家族との食事などには愉しめるが気楽にぶらっとは行けまい。前川や大和田など、値段のわりに味もイマイチなのだが、うなぎそのものか雰囲気のためなのかはよくわからぬ。
夏の暑い日の、まだ外が明るく、西陽が黄色味を帯びたような時分に、ぶらっと立ち寄るのもうなぎ店の魅力だ。江戸の比較的庶民が食べたのはどぜうだが、今どきのどぜう店などは行列も形成され高級感も漂い、むしろうなぎの方が庶民的かもしれぬ。だとしたら、うなぎ店はぶらっと立ち寄るような、そこらへんの店、の感覚がほしい。
けれども「そこらへんの店」が魅力的であることは実は多くない。味の問題もあるが、本当に「そこらへん」であることを喜べないのではないか。多忙な時など一見は邪険に扱われることも少なくない。
そこらへんのたたずまいでありつつ実は味が洗練されて客層が都会的(一見が多い)なのが今ふうなのだとしたら、意識的でなしに明治の創業時からそんな雰囲気が形成されて変わらないのが「石ばし」であろう。江戸川橋と飯田橋を結ぶ通りを凸版印刷の手前当たりで左折、外堀の小さな橋を渡った所に、注意せねば見落としそうな、木造の地味なたたずまい。けれども味は申し分なく高級くさくもなく、格安ではないがけっして高いとは思わせない。予約客ばかりなので長居しても気にはならない。馴染みもいれば一見もいて、分け隔てなく親切なサービスが受けられる。気ままな食事には一階のテーブル席、密会には二階の個室と、用途に応じて席も選べる。デートにも商談にも家族の食事にも同性同士にもよく、海外から再会がうれしい友が来た時に乾杯する場としてもふさわしかろう。
石ばし・・・東京都文京区水道2-4-29 電話 03-3813-8038
営業時間11:30 ~ 13:30 / 17:30 ~ 19:30 、日祝休み