北京の四川火鍋屋で五年ぶりになる旧友と再会した。最近のことだ。
旧友は北京大学出身の中国人で、現在は東京と北京を行ったり来たりしながらメディア関係の仕事をしている。日中のポップ音楽や芸能事情に詳しい。
ビールを飲みながら昔話をしていたが、時節柄自然と話題はサッカー会場における中国人サポーターのブーイング騒動になった。
「私もああいう騒動は信じられません。ただ日本の報道の仕方も問題です。右翼の集会だけを取り上げて東京の中国人観を伝えているような感じで、あれを北京の一般的な反応と見られるのは心外です」
彼は中国の知日派によくある冷静な見方でそのように言った。
あの騒動について自分の意見を述べるならば、やはり中国人サポーターの反応はいかなる感情が基底にあったにせよ大人げないと思う。特に主催国としてそのようなことをやるというのは中国のホスト精神の美徳が損なわれつつあることを感じさせるもので、そのことが悲しかった。彼にそのように言うとやはり納得していた。見落としてはならないことだが、実際には彼のような、やや厳しい見方を日本にするもののあのような馬鹿げた行動には走らない人が中国では圧倒的だ。
初戦の会場となった重慶について言えば、ブーイング騒動の報道の際に過去の国民政府の攻撃に触れて「反日感情が強い」という論調が大半を占めたが、私の知る限りこの土地は中国の中では反日感情の希薄な地方である。陸の孤島とでも言うべき土地柄だけあって外国人に対してはあまりオープンとは言えず、道を聞いただけでも日本人がアメリカ人によくやるような妙におどおどした、ぎょうぎょうしい反応に終始する。閉鎖的であることは確かで、また西側文化に対してもなかなか心を開かなかったような面はあるが、あの時のサポーターはずいぶん特殊な種類の人たちなのではないかと思う。
四川料理屋で私たちの隣りにいた四川出身の男性三人組が私が日本人であると知るや、
「日本はアジアでナンバーワン」
と、酒の勢いも手伝って拳を振り上げながら叫んだ。笑みで返すと、向こうも笑い返した。
あのような騒動が起きた原因に対日感情があることは確かだが、そこには過去の戦争や現在の入管政策などについての倫理的非難のほかに、経済大国として台頭した日本への対抗心と言うか嫉妬がかなりの部分入っているのは間違いなく、そこらへんの部分はごく健全なことなのではないかと思う。日中関係の改善を真剣に考え、過去についても善処していくことは大切だが、対抗心のようなものまで気にして変に「友好、友好」などと唱えることはまったく無意味であろう。ただあのような場であのようなことをするタイプの人をもって中国人と一くくりにすることはできず、要はそうした変人たちでなく、まともな人間と交流していくことが真の交流なのだとは思う。
この旧友との間にはなんのわだかりも、誤解もない。そういう交流ができる限り、中国ともうまく付き合っていけるはずだ。サッカーの余韻冷めやらぬ北京の片隅でそんなことを考えたりもした。(2004年8月)