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カテゴリ:ルポライター( 17 )
ある取材の仕方
 北京日記はまだ途中ですが、今回は事態進行中のことが多く、少し時間を要します。
 閑話休題で取材中のぼくの写真を載せます(場所がわからず、相手の顔もよく見えないので写真が出せます。とはいえこの取材は全く問題のないテーマの取材です)。
b0036982_23371672.jpg

 左の人物を右のぼくが取材しています。とはいえぼくは彼の話をきいてません。昼間から大酒を飲まされて眠ってしまっています。ところが、目が覚めるとノートに彼の言葉がぎっしりと書いてあるんです。
 宴席でぼくの言ったことをある程度理解してくれ、尋ねていないことまで詳しく書いてあります。今回の場合はぼくの寝姿を撮った人物が書いてくれたわけです。
 もちろん、いつもこういう取材をしているわけではありませんが、中国取材ではたまにあるやり方です。
 ぼくだけかもしれませんが。
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by gikyoudai | 2009-08-05 23:41 | ルポライター | Comments(2)
オーマイニュースの撤退に関して
Excite エキサイト : ITニュース
 市民発信のネットニュースを売り物にしたオーマイニュースが日本から撤退するようだ。ぼくがテレビ業界に入った頃、MXテレビや朝日ニュースターなどのビデオ記者や素人投稿番組がもてはやされたことがあり、「これからは市民が映像を発信する時代だ」と言われたもののやがてそれが忘れ去られたかのように語られなくなった。そのことに通じる出来事かもしれない。けれども、「市民が映像を発信する時代」はその時の盛り上がり方のようにはならなかったものの、ビデオジャーナリスト、インディペンデント映画の勃興になんらかの影響を与えたに違いないし、当時は想像すらされなかったyoutube、ニコニコ動画、土豆網などの新しい元気ある媒体を生み出しており、けっして廃れたわけでないことは強調したい。
 オーマイニュースもそうで、ここが撤退するからと言って、市民発信ニュースが日本で根付かない、というふうには言えない。中国に関して素人であるぼく(中国語検定試験を含めて何の資格も持たず、大学で中国関連を専攻したわけでもなく、中国に関するあらやる機関に所属せず、さらに言えば一昔前ならぼくの取材自体が違法だった)が、中国政府となんら関わりのない民間を取材して、つまりは市民発信のニュースを書き、それがどこぞの媒体に用いられて原稿料や印税として返ってくる、などということ自体が90年代までの日本では考えづらかったことで、ネットの発達もあり市民発信型のニュースが活動する余地はますます増えている。

 つまり、オーマイニュースが撤退するからと言って、市民発信ニュースが日本で根付かないとは言えないが、オーマイニュースという媒体が市民発信型の新しい波を活かすことができなかったとは言えるだろう。
 ぼくは書いた原稿がボツにされた経験は今までに一度しかなく、それがオーマイニュースだった。そもそもが先に書いてから営業をするのがぼくのスタイルで、ボツの危険性は常に隣り合わせだから、そのことは恨みっこなしだ。ただ、どういう経緯でボツになったかと言うと、その原稿はぼくにしては珍しく依頼原稿(一般のコーナーではなく、よその媒体で書いている人たちのコーナーが当時はあり、そこの連載になるはずだった)で、本来はボツになったわけではなく、書き直しを命じられ、その直し方の内容が「中国政府の不正の現場をもっと入れてほしい」といった週刊誌の発想だったことから、違和感を持ち、直しを拒否したところボツになった(連載そのものがなくなった)。週刊誌や新聞の記事を素人が書くことが市民発信ニュースではないはずで、飛びつきそうなネタを手がけることよりも地道な定点観測を蓄積してその中からスクープ的なものが出てくるのがネットメディアならではの市民発信型の魅力ではないかと考えていただけに、ぼくには非常にショッキングな出来事で、このボツ原稿をネットカフェで書いたこともあって以来ネットカフェではいっさい執筆をしなくなった。
 連載の話があったのは市民発信のニュースがまだまだ未成熟でその一つの例を示してほしいからということで、この考え方自体はとても気に入った。だからこそ大変気負って多少は危ない取材もしたのだが、成熟の意味するものが週刊誌記事なのだとしたら大きな間違いであろう。個人のブログで書かれている海外情報の多くが未成熟だとしたら、それは新聞や週刊誌の記事をそのまま引用した上で自分の思いをくっつけただけのものがあまりに多いからで、海外情報を書くとしたらニュースそのものが主張であり、ニュースになる出来事がたまたま大手メディアと重なることはあったとしても大手メディアから題材を探す発想で行なうべきものではない。

 新聞や週刊誌は長年の蓄積があり、確かに成熟している。一方、市民発信型のニュースは歴史が浅く、今は何をもって成熟なのかの模索の段階なのであって、ぼくもまだまだわからない。ただすでに成熟した新聞・雑誌から学ぶものはあっても成熟の形は異なるはずだ。そこにおもしろさもあるはずだがそんなに短期間でできるはずもなく、これだけの短期間で撤退することからしてそもそもが市民発信型のニュースたりえなかったということなのだろう。
 ただ、あそこで記事を書き始めた人の中から将来別の形で市民発信型ニュースを手がけていく人はたくさん出てくるだろうし、そういう人たちとともに成熟の形をぼくも模索していきたい。
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by gikyoudai | 2009-03-25 20:58 | ルポライター | Comments(4)
ルポライターの仕事14・・・語る主体
 11月から始めた「ルポライターの仕事」は、始めたきっかけに自分の仕事を振り返る必要性があった点があるのだが、ある程度振り返ることができたことで、とりあえず今回までとしたい。ただ、ブログは適宜書き込みできる利点があるので、最終回というわけではなく、今後も折に触れ追加していくことにしたい。
               テーマを縛っていく 
 前に取材の回でアンテナという語を挙げた。アンテナとはあるテーマをもとに取材を進めて行く際の、取材を進めさせる主体のようなものであり、そのテーマを何のために掘り下げるか、そのテーマにもとづいてなぜその人を取材するか、テーマの仮説と修正、質問事項、次の取材対象など、取材行為をつかさどる主体である。新聞社など特定の場に所属する人は特定の場がアンテナすなわち行為主体の大半を占めてくれているからあまり考えないかもしれないが、フリーの人間は誰かの真似をするなり自分で作り出すなりして、新聞記者にとっての所属媒体にあたるものを自分で作り出す必要がある。このことはすでに述べた。
 書く際にもアンテナに相当するものが存在する。すなわち、テーマや取材内容をどのように展開させ、どのように語っていくかをつかさどる主体のことで、語り主体とでもいうべきものである。ぼくがルポを書く際に心がけているのはこの語り主体をいかに鍛えていくかということであり、世間や社会の意見を知ることや、自分の態度を高めていくことなど、日々の生活にまで意識的である必要がある。
 ルポに限らず、書き物には自分がたびたび出てくるものと全く出てこないものがあり、また自分が出る出ないに限らず語りがきわめて特徴的なものや非独創的なものもあるが、いずれにしても語る主体が存在しない書き物はありえない。語る主体を全く感じさせない書き物、たとえば新聞記事にしても語る主体が存在しないのではなく、語る主体を外部に依存した結果に過ぎず、過去の書き物や特定の媒体の決まり事を踏襲しているというふうにとらえることができる。過去の書き物や特定の媒体のやり方と自分の主体にズレガある場合は、語る主体を自分で作り上げなければならない。このことは取材の際ときわめて似通っており、そういうこともあって取材する自分を書き物の中で出す必然性が生じる。
 テーマをどのように書き進めていくかは語る主体が決めることであり、外部に依存する場合は模倣をすればいいのでテーマや取材結果をあてはめていく感じになる。自分で作り出す場合はあてはまるものが既存のものではないのでテーマや取材結果を書き進めていくことで模倣されるものと同じような語る主体を作り出していく必要がある。そのためにはやはり取材の時と同様の仮説と修正の繰り返しが必需であり、テーマとテーマを束ねる主体の2つのテーマを考えながら書き進めていくことになり、試行錯誤が伴う。
 既存のものであれ、作り出したものであれ、語る主体が常にテーマを縛っていくことに意識的でなければならない。このことに自覚的でなく、なおかつ既存の語る主体を模倣しない場合は、書き物が書き手から離れて一人歩きしてしまう。
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by gikyoudai | 2008-12-22 21:30 | ルポライター | Comments(0)
ルポライターの仕事13・・・・文章の調子
 更新していないと中国に行っているのかとの問いを受けることがありますが、東京にいます。例年この時期はそうですが、飲み会が続き、そのたびにいらんことを話しすぎて自己嫌悪に陥ります。10月の北京で解決したはずだったのですが、まだまだです。八卦掌の方も最近あらためて力不足を痛感、もう少し本腰を入れなければと思います。本腰を入れるとは練習を増やすのではなく、練習の効果に責任を持つことです。
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          文章の調子
 時間を置きつつ途切れ途切れに書きつないでいると、節や章の中で文章の調子が変わってしまうことがあり、読みづらいばかりか自分の書こうとすることが正確に伝わらなくなる。1節のような短い単位で言えば、一筆書きのように一気に書き上げることが望ましい。ぼくは執筆中にノートを含めていっさいの資料を参照しない。数値や記憶が曖昧な固有名詞は★★などとして一気に書いてしまう。
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by gikyoudai | 2008-12-08 15:36 | ルポライター | Comments(4)
ルポライターの仕事12・・・国を立ち位置にすること
 昨日発行の国立国際美術館ニュース12月号で『北京芸術村の頃』を執筆しました。機会あればご一読ください。
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        国と立ち位置
 今回はルポに限らず海外紀行、海外滞在記も想定して書く。
 タイで反政府活動が盛り上がっているが、ニュースに触れると、飛行機の引き返しなど政局と関係のないニュースの割合がやたらと多く、肝心の反政府活動や政府の困惑などがはっきり見えてこない。ぼくも数ヶ月間タイに滞在したことがあり(ただしバンコクは2日間のみ)、興味を持っているのだが、なんだかよくわからず、いずれ興味深い観察が出てくるのをたのしみにしたい(もしかしたら出ているかもしれず、探してもみたい)。
 タイ滞在者がかりにブログなどを書く場合に、自分たちの安全に関わるわけでもないのに「早く終われ」だとか「こんなことだから発展が遅れるのだ」の主張で一貫するとしたら、こうした人は何十年そこに住んでいようが、現地に触れているとは言いがたい。もちろん、例外もあり、現政権に加担していることを強く意識する人たちだ。ただ、そうでないとしたら、タイにいる日本人の文章としてはおもしろく読めたにせよ、タイについて書かれた文章だとは言いがたい。
 なぜ現地に触れられないかと言えば、立ち位置が「タイ」だからにほかならない(バンコクでも同じ)。すなわちタイに価値の拠り所を置く限り、タイの愛国主義団体にでも身を投じなければ、現地でのいかなる価値観にも触れ得ない。「タイっていいねえ」などとバンコクのタイ人が屋台で突然つぶやくだろうか。タイが価値観として成立するのは日本人にとっては日本国内か日本人コミュニティだけである。タイの場合はあまり多くはないだろうが、タイをひたすら嫌う立場も全く同じことである。
 ぼくは東北の温泉に行った時に特に地元と触れ合いたいとは考えず、旅先で何を考えようが、べつに他人からとやかく言われる筋合いはない。日本の中でタイが盛り上がることも、タイの日本人コミュニティだけでタイが語られることもそれなりに存在意義はあるに違いない。とは言え、ルポや海外紀行が現地を描くことに主眼を置くものである限り、ルポや海外滞在記を書こうと思う人は意識していい問題ではないかと考える。
 報道にそういう態度が目に付くのはわりと広くこうした傾向があるからかもしれない。もちろん、中国や韓国についてもこのことはあてはまる。
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by gikyoudai | 2008-12-02 17:41 | ルポライター | Comments(4)
ルポライターの仕事11・・・説明する文章と説明を主張する文章
       2つのタイプの書くこと
 よくテレビや雑誌で著名人が語る内容が凡庸だったりすることがあり、「これならば私にもできる」と彼らみたいに語りたくなる衝動が起きるが、実際は彼らみたいに語ることは難しい。なぜなら彼らみたいに語ることができるためには語る内容ではなく、彼らみたいな著名人になることが求められるからだ。
 すなわち、ある人が公で発言する場合には少なくとも2通りの方法があり、「ある興味深い人が何を言うか」で発言する場合と、「興味深い話をする人がいる」で発言する場合とがある。前者では話そのものよりもその人が何を話すかに焦点が当てられるが、後者では何を話すかによって取り上げられるかが決まる。
 このことは人ではなく、テーマにもあてはまる。すなわち、「北朝鮮収容所100日潜伏生活」は、そこに何が書かれようが読んでみたい人が多少は多い話に違いなく、一方で「ごく平凡な人の杉並区荻窪・普通のマンションにおける100日間」であれば、そこに書かれるもののおもしろさ、感覚で読んでみたいかどうかが決まる。麻生太郎の自伝は少なくともぼくの自伝よりははるかに多くの読者を獲得するものである。

 ぼくが書くというのは、全くの無名人が市民権を得ていない題材でスタートすることにほかならない。よって、著名な方や市民権を得ている題材で書いている人は、「へえ、こんな人もいるのか」と気楽に読み飛ばしてほしい。

 著名であるかないかも含めて、興味をもたれるか持たれないかは、社会が作ってきた嗜好の影響を受ける。ルポと言うのは基本的にそうした嗜好を受けてよりも、そうした嗜好に働きかけ、知られず、感じられずにいる問題を知られ、感じさせたいものにほかならない。となると、初めから誰もが興味を示さない前提で始めていかなければならない。
 もちろん、そうでないルポもあるわけだが、そうでないルポ、たとえば注目を浴びている場所の実態を探るものにしても、その実態が違って受け止められていることに対する挑戦があってこそあえて取材が進められるのであり、構造としては同じことで注目の相対度の違いにすぎない。そして、注目度が少なければ少ないものであるだけ、同じ土俵で書くのだとしたら、より書かれる内容そのものを意識していかなくてはならなくなる。

         対象と書き方の態度の関係
 初めから興味をひく場合、書く上で大切なのは正確に描写ができることであり、文章は対象を説明することに力点が置かれる。もとめられるのは文章の読みやすさ、的確さである。もちろんこれ以上の要素をもつ文章も存在するが、成立する上で求められるものではない。だが、初めから興味をひかれない題材の場合は、対象を正確に描いただけでは成立しない。文章は文章が説明することの主張を持たなければならない。たとえば自分がそのマイナーな題材に関心を持ったとして、そのマイナーな題材を正確に描いただけでは作者の関心も伝わってこず、なぜ関心を持ったかの道程を文章に滲みこます必要がある。
 説明する以上の、説明を主張する文章とはわかりにくいが、自分を語る場合に置き換えてみるとわかりやすいかもしれない。たとえば地位も金もなく見てくれも平凡な男性が女性に自己紹介する場合、お見合いの場であるのと大人数の合コンである場合とでは全く違った場になる。すなわち前者では初めからこの人が何を言うかが観察されるが、後者では隣のバスケ青年にばかり注目が行くかもしれない。前者であれば自分を説明すればいいが、後者では自分を説明する場が与えられるかも定かではない。学級面談と就職面接なんかも同じような対比関係にある。いずれにしても、無難に説明する場すらも与えられない中で説明するという設定での説明とは、はじめから説明の機会が与えられた中での説明とは違うもののはずである。
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by gikyoudai | 2008-11-29 15:40 | ルポライター | Comments(2)
ルポライターの仕事10・・・企画
 昨日、神奈川大学における外国語学部中国語学科創設20周年記念のシンポジウム「中国の今をどう見るか」(司会:大里浩秋先生、コメンテーター:田畑光永、莫邦富各先生)でコメンテーターをやらせていただき、自分の思っていることを話す機会がありました。他の先生方の長い蓄積や余裕のある話しぶりにはなはだ恐縮し、マイクの使い方をあやまったり時間配分を間違えてしまいすべてを語れなかったなどの反省点もありましたが、日ごろの思いを正直にぶつけてみることはできたと思います。関係者、参加者の方々に深くお礼を申し上げます。
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 仕事に取り掛かるのに若干のだるさを感じますので、ブログを書くことで勢いをつけたいと思います。昨日今日と八卦掌の練習をしておらず、だからだるいのかもしれません。
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         企画作成の時期
 1章(雑誌であれば見出し、以下同)、2章(見出し)、3章(見出し)と書き進めたあたりで限界に達し、再び1章(見出し)から書き始めようとした段階で、前よりも明確な構成が出来上がってくる。企画を出すのはすべてを書き終えた時か、もしくはこの頃である。初めに企画を通してから取材や執筆を始めるやり方もあるが、よほどビジョンが明確か、ありていのテーマか、もしくは出版社の方から持ちかけられる場合に限られ、自分でもまだまだ方向性が明確でない原稿、たとえばぼくのようなやり方で進められた原稿は売る前に作らなければならない。テレビ業界にいると作るよりも前に売ることが先なのがごく普通で、そうなると作品が自分から離れてしまうことを数多く経験した(そうならない人もいる)。したがって、今の段階では先に作ることにしている。
          企画書の書き方
 ねらい(はしがきに相当)と目次立てから成る。雑誌の場合も分量は少なくなるが、同じ。
          企画書作成の要所   
 テレビ業界勤務時代、企画が書けるとの評価をしばしば受け、企画書を書くコツを尋ねられたことがたびたびあった。企画書も就職活動の履歴書も同じで、コツは
 最初の5行も読まずに読み飛ばされ、捨てられることが当たり前、その前提で書くこと。
である。
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by gikyoudai | 2008-11-28 11:45 | ルポライター | Comments(0)
ルポライターの仕事9・・・構成
 今日発売の「宝島」09年1月号で中国現代アートについて1ページの短い文章を書いています。機会あればご一読ください。それにしても、09年1月号という言葉に妙に焦ります。
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 昨日今日と肩の辺りが少し筋肉痛
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     構成
 書籍の場合であれば目次立て、雑誌記事の場合であれば大まかな内容の塊の羅列を記した上で書き始める。ぼくの場合は、目次立てや内容の羅列をある程度綿密に練ってからでないと書き始めることはできない。ただし一方で、これはあくまでぼくの場合であり、どこまで一般的なのかはなはだわからぬが、書く主体と考える主体という別人格の主体が存在し、書くことで構成は大幅に変わる。そのこととも関連するが、書き始める前に完璧な構成が浮かんでくることがぼくにはなく、4章の単行本であれば3章まで、3つの見出しから成る雑誌記事の場合は2つめの見出しの部分までを考えた段階で書き始める。4章のうちの4章、3つの見出しのうちの3つめまでが鮮明な経験はあまりない。そして、2章、3章と書き進めるにしたがって1章の大幅な直しに初めて気付くことが多い。取材の際に仮説と修正を繰り返すように、書くという行為においても仮説と修正を繰り返すことになり、大変な労力を要するが、2度旅ができるおもしろさもある。
 よく言われることであるが、ある構想が書籍になりうるかどうかの目安はとりあえず100枚書いてみることだとされる。このことはぼくもわりかし気にしている。
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by gikyoudai | 2008-11-25 23:18 | ルポライター | Comments(0)
ルポライターの仕事8・・・書く作業のいろいろ
 これからの内容は前にもまして個人的な話に終始する。特にこれからルポを書き始めたいと思う人はマニュアルではなく、反面教師的な叩き台ぐらいに考えてもらいたい。
          書き方
 紙媒体の文章は手書きをパソコン打ちしている。昔からの癖でそうやっているだけである。まずノートか白紙に手書きで文章をしたため、それをパソコン打ちする段階でかなりの直しをする。
 ブログなどネット上の文章は直接パソコンで書いている。
 以上の区分けは特に違いがあるのかどうか、今の時点ではよくわからない。
          書く場所
 手書きは喫茶店で行い、パソコン書きは自宅か作業場で行なう。
          書く時間
 基本的に書く作業は日中しかやらない。夜に書くと眠れなくなってしまうから。
          書く順序
 最初に最初を書き始め、最後に最後を書き終える。当たり前のことだと思うかもしれないが、こういうふうにする人はあまりいないのではないかと思う。たとえば5章まである本の3章だけを書き直すということがぼくにはできない。3章を直したい場合も1章から書き直していく。3章とは1章、2章を書くことを通じて芽生えた何かを受けて成立しているはずで、だとしたら3章に問題があるとしたら1章にも問題があるのだろうと考えてしまう。
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by gikyoudai | 2008-11-23 00:29 | ルポライター | Comments(6)
ルポライターの仕事7・・・取材後など
 今日(18日)発売の「新潮45」12月号で三国志について書きました。機会あればご一読ください。この雑誌ではひたすら中国古典について書かせてもらっております。
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       取材後
 滞在中、空いた時間にノートを見直すようにしている。そこから雑感が芽生えることがあり、それを赤字で記しておく。赤字の雑感がこのブログの「北京日記」での感想になっている場合が多いようである。ただし、ノートを見て「北京日記」を書いているわけではなく、わざわざノートを見直して赤字で記すことが記憶を鮮明にさせているのだと思う。こうした雑感がその時々の仮説の設定やその修正であり、書く時の1つの核となりうるものである。

 そのこととは別に、雑誌で取り上げたいテーマが浮かんできたら、そのテーマでの取材、すなわちコメント取りや統計、ニュースなどのリサーチも並行して始める。新聞記者や雑誌の専属ライターの取材はこの時点から始まるのが普通のようだ。ぼくのようなフリーのルポライターの場合はそれまでの過程の方がはるかに長く、ぼくはこちらの方を重視している。だが、一般に取材とはその後の過程を指す。

 初めて会う人も再会の人もいるが、取材をしていく中で新たな人やグループを紹介されることが多い。次に述べる探す行為を通じてその機会は格段に増える。自分の興味に従って積極的に関わりを作っていこうと心がけている。このことは仕事と言うよりは愉しみと言う方が近い。
 会いたい対象を探し出すコツは「探す」ことである。このことは情報というものが与えられるものだと思う人には難しいことではある。探すこととは、自分がやりたいこと、関心のあるものを明確に理解したうえで、そのことを積極的に語ることである。とは言え、自分がやりたいこと、関心のあるものなど、ある程度取り掛からなければ見えてこないものであり、最初の模索の段階においては自分に素直になった上で、その時における最大限の仮説を自覚し、語っていく、そうしていくうちにベクトルが定まっていく。この最初の段階で世論や周囲に合わせてしまうと、自分との距離が生じる。

 帰りの空港や飛行機の中で可能な限りノートを見直す。ぼくにとっては大切なことで、なぜならぼくは原稿を書く際にノートをほとんど見ずにとりあえず書いてしまうからである。このことは後でまた述べる。
       その他
 ルポライターやカメラマン、テレビディレクターのような職種の人はいつどこででも寝ることができ、何でも食べることができ、長時間の移動もへっちゃらであるようなタフさが求められる。ところが、ぼくはそうしたタフさが全くなく、そのことがあらかじめ仕事を決めずに取材を始める理由にもなっている。どういうふうにないかと言えば、
 (1)大の飛行機嫌い(特に航空会社と機種と座席に左右される)。
 (2)4時間以上の無喫煙に耐えられない。
 (3)寝台車で寝ることが大の苦手(鉄道ファンの悲しい性。次の停車駅が無性に見たくなって興奮が抑えられない)。
 (4)大のゴキブリ・ネズミ嫌い(都会限定。農村はどうでもいい。農村でのゴキブリ・ネズミは比較的大丈夫)。
 (5)基本的にアジアの料理よりも洋食が好き。ビーフン、キムチ、香菜、薄味の料理、酸っぱい料理、朝以外の果物など天敵も数多い。
 (6)トイレにうるさい。トルコ・インド・タイ式を除く水洗しゃがみ便所を使うことに恐怖感を持っており、トイレを想定して前日あたりから食が進まなくなる(どぼん式は問題ない。つまり、昔の中国の公衆トイレは平気だったが、最近の中途半端に近代化されたやつが使えない。また、日本でも使えるトイレは限られてくる)。
 (7)風呂がないと耐えられない上に、使ったことのないシャワー・風呂ではお湯を飲んでみないと浴びることができない。飲むと有害な液体に肌が触れることをこわがる習性がある。この習慣のためにネパールでは悪性の下痢に罹ったことがある。中国では今のところ問題なし。
 (8)極度の閉所恐怖症。ホテルのようなワンルームの空間でもなかなか寝ることができない。
 以上のような性質があるために、ぼくはけっしてこの仕事に向いた人間ではない。それでもこの仕事をするのは出会いと再会が好きだからで、以上の嫌なことを忘れさせるだけの魅力がある。大切なことは向くか向かないかではなく、好きなことがあるかないかだと思う。
 昔からぼくは海外でほとんどホテルに泊まることがなく、気の合った友人の家に滞在するのが普通であるから上述のダメな問題はある程度クリアされている。
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by gikyoudai | 2008-11-19 02:44 | ルポライター | Comments(10)
   

読むことと旅することと生きること、そして書くこと
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