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命知らずの上に成り立ったぼく
 子供は時として命知らずなことをする。ぼくも小学生の頃、自宅マンションの6階の手すりを越えて、反対側、すなわちはるか下は道路、といったポジションになった上で、片手だけで手すりに捕まるという真似をしたことがあった。刑事ドラマの真似だったのかもしれない。
 あの時の意識はよくおぼえている。「あ~、落ちたら死ぬのだろうな」といった物理学の法則を目の前にしたようなとても虚無で乾いた感覚だった。今の言葉で言えば、何を思い何を感じ何を意図し何を願おうが、そんなことにはお構いなしに回る存在の持つ虚無であり乾きだった。
 怖くなって一瞬で上がったが、今なお当時のことを想い出して身震いすることがある。もしあの時、手が滑ったりでもしたらぼくの意識のなにもかもがなくなり、その後のぼくもなかった。手すりに片手で捕まったことなどなかったから、実際やってみて耐えられるものかどうかもわからず、落下する可能性は大いにあった。
 海外での災難などもあったが、そういったことも含め、自分がいかに脆い基盤の上に成り立つかを痛感するのである。そして、基盤が脆いからこそ、築くことを大切にしていきたいとも思うのである。
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by gikyoudai | 2007-02-27 23:34 | 80年代
飯田橋・白ゆり
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飯田橋駅前の白ゆりという喫茶店は、朝五時まで営業しており、深夜には宿代わりに深めのソファ‐で横になる年配者が目立つ。ややレトロチックな内装と雰囲気からか昼間も客の多くがくたびれた年配の男性で、日陰の湿ったような物憂さが漂う。20代の終わりの頃よくここで朝方まで粘ってカネにもならぬ原稿を書いた。先日用事でたまたまここに来て、なんだか懐かしくなり、久しぶりに一人で立ち寄り、作業してみた。変わらないことに安心してみたりする。
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by gikyoudai | 2007-02-26 19:26 | 「東京」の中の東京
ゴールデンバットの薦め
 この歳になって、なぜか、吸うタバコが「わかば」か「ゴールデンバット」になった。たいていは「わかば」を買うが、デザインに惹かれてたまにバットを買う。100年以上の歴史を持つバットの包みデザインは明治時代の面影がするもので、日本の現存するタバコでは最も美しいと思う。味はやや洋酒の香りがするぐらいで、「わかば」ほどの個性やアクの強さは感じないが、今夜のような寒い晩の街中の喫煙ボックスの前に立ち、少し震えつつバットを吸っていると、太宰治や中原中也の気分を味わったつもりにもなれる。
 バットは両切り、つまりフィルターのないタバコであり、くわえる側から葉っぱが漏れて口に入ってきたりもする。そうならないためには、くわえる際に唇に力を込めすぎないことと、灰をせわしなく落とさないことが肝要で、それは一般に美しい吸い方にほかならない。
 最近は喫煙自体がマナー違反のように扱われるから、喫煙するとなるともうやけくそでマナーもへったくれもないなどと考えがちだが、吸い方にも美醜はあるはずで、美しく吸おうと思うなら両切りタバコで練習してみるのもよい。
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by gikyoudai | 2007-02-25 03:05 | コラム
自分がダメだというちっとも悲しくない事実
 ぼくはダメだ。これは基調である。いかに自信満々に書き、いかに自信たっぷりな生き方をしようが、底に流れるのは自分がダメであるとの悲しくない諦念である。美貌にも、富を得る才覚にも、野球選手になる身体力も天文学に邁進する頭脳も持ち合わせなかった。生まれてから一度たりとも中流の自覚を持たなかったし、肩書きもない。駅のホームで後ろから背中を押されればたちまちにして存在しなくなるし、ちょっとしたことにも傷つき、敏感になる脆さも持つ。ぼくの声は政治を動かせないし人も変えられない。他者や集団からの拒絶・無視は当たり前であり、人生選択の後悔も数知れない。

 ところで、上記のことをぼくは悲観的に述べていない。このことは重要である。もちろん、楽観的に述べているわけでもない。それは、空気を吸うことで呼吸をすることに限りなく近い事実にすぎず、楽観も悲観もなく摂理だけが存する。
 そして、ダメだとの前提から、ぼくは活動をし、書くにほかならない。ダメであるから、何かをしない限り何も生み出しえない。だから、する。ダメであることは活力の源である。

 無力感にかられ、そこで何もしないというのは、有力であれば何かをすることの裏返しであり、何かをするために有力になることを待っていても、待ってさえいればやって来るのは有力である人だけであり、無力である限りいつまで待っても何も来ない。殿様は待ってさえいれば食事が来るが、貧窮の民が殿様を真似て食事を待っていては飢え死にするだけである。待つことで何かが来るのは有力の人の方法であり、無力な人は無力の人の方法、すなわち無力だからこそ、何かを始めなければ何もやって来ない。個人の自由や尊厳をはぐくむためにすべきなのは、無力であるとの前提に立って何事かに取り掛かり、少しでも成熟を心がけ、その前提のもとで他者を探すことにほかなるまい。新しい連帯や社会もそこから始まるのではないか。無力だからやらないのではなく、無力だからやるのである。
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by gikyoudai | 2007-02-24 01:50 | コラム
前置きという暴力
 よく、「~であることは自分にもわかる。しかし、・・・である」、もしくは「・・・である(もちろん、~であることもわかっている)」という言い方がされる。「~」の部分は前置きと言われる。「~」や「・・・」がわかりづらければ、たとえば、「理屈ではわかるのだけど、感情がそうならない」とか「自然が大切なのはわかるのだけど、時代の流れなのだから仕方がない」といった場合の「理屈ではわかるのだけど、」や「自然が大切なのはわかるのだけど、」が前置きにあたる。
 前置きを置く語り方は相手を説得させる場合によく用いられるが、見過ごされがちなのは、前置きを述べることが本論にあたる部分を正当化、もしくは野放しにするための免罪符でしかなく働く可能性だ。「自然が大切なのはわかるけど」と語ることで、語る側は語る側が「自然が大切なことがわかっている」つもりに多少はなれるが、他方で自然の大切さに対する他者の声を受けづらくすることもある。すなわち前置きを置く語り方は、ともすれば前置きで語られる事を風化し、前置きと相反する本論を野放しにしてしまう暴力になりかねない。
 1960年代に生まれ、80年代に青春を迎えたぼくからすれば、自分が生きた歴史とは「~」が語られることで「・・・」によって「~」がいっそうなおざりにされていく過程にほかならなかったとも言える。いろいろなものが損なわれる中で言えば、前置きを語ることで本論を助長させていくこれまでのやり方にストップをかけて、前置きで本論を規制していくことを心がけてもいいのではないかと思う。そう思うからかもしれないが、ぼくは一般の会話で前置きに触れても、言葉通りに受け取らない思考の癖がある。
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by gikyoudai | 2007-02-22 21:13 | コラム
夕方のざわめき
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こんな時分の“まち”を歩くのが好きだ。
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by gikyoudai | 2007-02-21 19:50 | 「東京」の中の東京
今日より早い日はない
 ある若い人が目上の人から「君の4年間は無駄だった」と言われて落ち込んでいた。
 ぼくは答えた。「それならぼくの場合は、少なくとも25歳~33歳の9年間は無駄だったと言わざるを得ないし、多く見積もれば20歳から37歳の18年間、あるいは13歳から37歳までの25年間は無駄だったとしか思えないんだよ」
 若い人は続けた。
 「悲観的になりませんか?」
 「なる時もあるさ。少なくとも毎日1回はなるよ。そういう時はこう考えるんだ。ぼくが何を考えようが時は刻々と過ぎるだけだし、悔やんだってそこからは何も生まれない、結局ぼくができることがあるとすれば、今日より早い日はないと思って日々を生きることだけなんだって」
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by gikyoudai | 2007-02-21 01:51 | コラム
影を思う
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 都心、とある運送屋の2階、窓から、オーバーのようなものが吊るしてあるのだけが見える。どんな人がいるのだろうかと思う。
※・・・まだ体調不良が続いていて、でも室内に籠もってばかりではかえって逆効果ですから、少し外を歩いてみたりして、こんなことを考えたりしております。
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by gikyoudai | 2007-02-20 01:16 | 「東京」の中の東京
檸檬
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神保町・三省堂前の木に、トレーナーの襟のようなものが巻きつけられていた。忘れ物なのだろうか・・・けれども、木の中で収まりがよく、忘れ物のようには見えなかった。何か意味ありげにそこに置いたかのように見えた。
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by gikyoudai | 2007-02-18 21:43 | 「東京」の中の東京
旧正月
 明日もしくは来週月曜に発売のNHKラジオ「中国語講座」3月号で連載『北京アンダーグラウンド(続編)』第6回「女性主義」が掲載されます。機会あればご一読ください。
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 明後日は春節(旧正月)で、明日は大晦日です。東京でもパーティーや集団での食事会などの光景が見られるでしょう。ぼくは風邪が完治しておらず、他にも体の変調があり、参加はしませんが、日本の正月の時がそうであるように雰囲気だけを味わおうと思います。
 昔の暦をあてはめる春節は、例年1月下旬~2月上旬にかけてになることが多いのですが、ぼくが初めて春節を過ごした1988年は確か2月16日が大晦日でした。もう19年にもなりますが、夕飯の献立やどこに誰がどんな格好で座っていたかなどが鮮明によみがえってきます。あの時にハルビンで春節を過ごしてなかったらぼくが今中国と関わることもなかったはずで、それがよかったか悪かったかはさておき、運命的なものをあの頃の日々に感じます。
 春節を体感したければ中華街に行ってもよいし、知り合いの家やパーティーに参加してもいいのですが、そこらへんのレストランで身も知らぬ集団がなごんでいる姿を見るだけでも雰囲気は味わえるはずです。ぼくがハルビンで過ごした時は、なにしろそこは地方出身者たちの職場でしたから簡素なものでしたが、ご馳走が出て、食い終わると大量の水餃子が出てきて、十二時が近づくとところどころで爆竹が鳴り、新年挨拶にあちこちに出かけたりします。お年玉なんかもあったりします。
 都市の家庭では最近は春節の連休に旅行をする人も多いようです。そう書くと、なにやら個人主義的な気もしてきますが、全部が全部そうではなく、中高年のサラリーマンが故郷に住む親を初めての海外旅行に連れて行く、などということもちらほらと聞きます。
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by gikyoudai | 2007-02-16 15:10 | 中国
   

読むことと旅することと生きること、そして書くこと
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