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連載や怪我のことなど
 中国情報局(サーチナ)、ヤフーなどで掲載されている中国現代アート関連の連載インタビューの続きです。
第10回
「蔡涛さん」
第11回
「王強さん」
第12回
「井上玲さん」
 サーチナ、ヤフー、エキサイトなどで同時に見ることができます。内容は同じです。
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 先日、武術の自主稽古中に右手で自分の左腕を突いてしまい、怪我をしました。しばらくパソコンも使えず、ブログの更新はもとよりメールなどの返事が遅れたことをお詫び申し上げます。残念なのは怪我が重かったのが当たった方の左腕ではなくて突いた右手だったことで、まだまだぼくの突きは弱いということなのでしょう(当たった腕が殊更強いというのならよいのですが)。
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by gikyoudai | 2009-01-28 22:01 | お知らせ
夕空の誘い
 ほどよく酔いつつ80年代以前の音楽を聴きながら飛行機に乗る習慣を身につけて以来、学生時代の旅を思い出すことが多くなった。機上から見る夕空は澄んでいて、明るい。酔った頭で思うに、ノーンカイで毎日のようにバイクに乗りつつ見た夕空はあんな色に違いなかった。もう少し紫がかっていたが、透明だった。
 ノーンカイでは郊外の農家に滞在しつつ平日の午後だけ海外の団体が作った無料の高校で英語を教えていた。ぼくはその団体とも高校ともなんら関係がなく、ドンムアン空港からバンコク市内に出ようとして(※)、たまたま間違って反対方向に乗った夜行列車で隣り合わせになった青年と意気投合して彼が住む村に住み着いたに過ぎなかった。その家の隣りにゴン、プーペイというそれぞれ18,16歳の姉妹がおり、姉のゴンがその高校に通っていて、ちょうどその頃アメリカから派遣された英語教師が長期旅行に出てしまって不在だったためにその穴埋めにぼくが呼ばれたのだった。
 ぼくは英語が得意なわけでもなく、たんにその当時暇な外国人ということで呼ばれたに過ぎず、実際農業が盛んでもなく主要な就職口が僧侶、ボクサー、サムローの運転手、水商売ぐらいしかないその農村でぼくの存在など全く意味を成さず、たんなる居候に過ぎなかった。意気投合した青年は行商人でほとんど家にいなかったからぼくは彼の家に泊まって付近を毎日ぶらぶらしていた。そんなぼくに高校で働く話が持ちかけられた。収入はゼロだが、そもそも宿も食事もタダだったわけだからお金など不要で、ちょっとした色恋気分もあって喜んで参加した。
 そんなわけでたまに学校に通い、スコールがやむのを待って帰路につくことが日常になった。行き帰りはプーペイのバイクに乗せてもらった。バイクの二人乗りはここらへんではよくある光景だった。左手にメコンが流れ、その向こうにラオスが見え、ラオスの夕空は紫がかっていた。煙をもくもくと立てガソリン臭を振りまきながら安バイクは僕たちを乗せてハイウエイをまっすぐ走った。途中知った顔があると彼らは二人乗りのぼくたちを囃し立てた。そこにはそれなりのストーリーがあったのが、それは置いておいてとてものどかだった。
 そんな夕空の光景をその後のぼくは記憶の引き出しに閉まったままだったのだが、最近になって飛行機から空を眺めるたびに思い出すようになった。

※・・・ぼくは前年からインド圏の居心地のよさを感じるようになり、タイに来たのはバングラディシュかパキスタンに行く経由地に過ぎなかった。ドンムアン空港から列車でバンコク駅に行き、そこでゲストハウスに泊まってダッカかカラチ方面の格安航空券を買うつもりで列車に乗った。その列車はノーンカイ行きの夜行特急列車で乗り間違えたのだった。アユタヤで引き返す方法もあったのだが、隣の青年と意気投合したこともあって目的地を変えたのだった。
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by gikyoudai | 2009-01-23 10:46 | コラム
北京日記09冬3
食事日記
17日・・・朝食10時半:ミートソース(花家地)、夕食18時:湖南料理(宋荘)、夜飲22時半:茶(宋荘)、花家地泊
18日・・・朝食9時:安ビュッフェ(花家地)、昼食14時:サンドウィッチ(花家地)、夕食18時半:南方土鍋(望京)、夜飲23時:コーヒー(草場地)、花家地泊
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 旧正月前の北京は昨年7、10月頃とあまり変わっておらず、そのことは大きな意味があると考えています。昨年7月、10月頃というのはオリンピックの前後で、(1)経済の低迷(2)引き締めの強化(3)民間の不満を含めた自由な言動の活発化、の三つの傾向がはっきりと見えました。これらのことはすでにブログでも指摘しましたし、雑誌記事でも触れています。
 本来そのような状態はオリンピック前後の特殊な状況であるはずなのが、それが今も続いているというのは今後の北京はそのような状態を前提にそれがどう動いていくかを見ていかねばならないことを意味します。今回の北京行きは一言で言えばそういう見方でいいのかの仮説の確認であり、実際そのとおりだったと思います。つまり、オリンピック前後、08年に見えたさまざまな現象は、けっしてオリンピック期間中の特殊な現象ではなく、今に通じているということです。
 あらためて(1)~(3)をみるに、これらの動きはすべて「旧正月明けにどういうふうになっていくか、ひとまず様子をみる」という状態であると思われます。経済についてはそれほど騒がれているとは思えませんが、これは国内メディアが不況ニュースをあまり伝えない(もちろん海外の不況のニュースは大々的に伝えます)のに加えて、日本でもバブル崩壊の直後にはまだそれほど崩壊が自覚されたわけではなかったのに近いようなことが中国でもあるのではないかと思われます。
 (2)と(3)は官方と民間の綱引きですが、官方がいっそう主導権を得るのか、それとも民間が台頭して官方がずるずると従っていくようになるのかは、この一年で大きく決定付けられるのではないか、との見方をぼくが会った人からは耳にしました。この一年で決定付けられるのではないか、との見方はきわめて大切で、株式市場のようにそう思う人が多ければ事態がそのように動いていく可能性が往々にしてあります。事実があってそれが信じられるのではなく、信じることがそのまま事実になっていくということです。
 というわけで、旧正月が明けて、春以降どういうふうになっていくかをぼくもしばらくは注目してみたいと思っています。
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by gikyoudai | 2009-01-22 11:25 | 中国
北京日記09冬2
食事日記
15日・・・朝食9時:安ビュッフェ(花家地)、昼食12時半:湖北料理(亮馬橋)、夕食19時:湖南料理(花家地)、夜飲22時:コーヒー(望京)、花家地泊
16日・・・朝食9時:安ビュッフェ(花家地)、昼食12時半:水餃子(車公荘)、夕食20時:湖南料理(花家地)、夜飲22時:ワイン(麗都)、花家地泊
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 さて、携帯電話をなくしたら何をすべきか。まずは今日会う人たちにメールなどでなくしたことを伝えなければなりません。そして、こと中国にいる限り、携帯電話をなくしてすべきことはそれだけだと言っても過言ではありません。
 やがてメールをした友人が使わなくなった携帯電話をくれることになりました。プリペイド式を使っているのですが、番号は中国移動通信のカウンターで手続きをすることでそのまま使えることもアドバイスしてくれます。中国滞在者の便宜をはかるべく手続きを記します。
(1)中国移動通信のカウンターに行く(望京の場合は、スタバに近い大きな移動大厦1階)。
(2)日本の銀行のように整理券を機械で取って順番を待つ。
(3)カウンターでなくしたこと、番号を継続したいことを伝える。
(4)書類を渡されるのでパスポート番号、氏名などを記す。
(5)パスワードを聞かれるが、知らないので、最近三ヶ月に通話した番号を伝えることで本人であることを確認してもらう。これで手続きは完了。
(6)費用は10元。
 
 そんなわけで携帯電話もそのまま使えるようになっています。携帯をなくして困るのは買い替えの時のようにメモリーが保存されるわけでなく、携帯電話にしか連絡先が記録されていない知り合いの連絡先がわからなくなる点ですが、時期も時期、旧正月前の挨拶の電話がしばしば掛かり、不明の連絡先もほとんどなくなります。
 こんなふうにこの国では何か困ったことがあれば自分で何もかも解決しようとはせずに打ち明けてみることも大切です。携帯電話のほかにも持ち金、航空券、パスポートをなくした際も同様です。
 中国と日本でどちらが緊張を強いられるかという問いはなかなか難しいです。たとえばバスに乗ったり、漠然と歩くような時には日本の方がリラックスできます。しかし、酔った際に持ち金や携帯電話やパスポートなどがなくなろうが「まあなんとかなるさ」といったリラックスの仕方は中国でなければできません。その背後には温かい友人たちの存在があります。
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by gikyoudai | 2009-01-21 09:56 | 中国
北京日記09冬1
食事日記
14日:昼食11時・・・JL781便の機内食、夕食19時・・・・湖南料理(北京西駅そば)、夕飲23時・・・コーヒー(花家地)、夜食1時・・・湖南家庭料理(花家地)、花家地泊

 今回は短期間の北京滞在です。今、東京に戻って感じるのですが、気温では北京の方が東京よりも5~10度低いはずですが、東京もなかなか寒いです。前にハルビンから上海に南下したときにも気温にして25度以上高いはずの上海が意外と寒く感じたことを思い出します。東京や上海が意外と寒いのは風があるからだと思います。北京の寒さは無風の冷凍庫にいるような感じでハルビンによく似ています(北京の方がハルビンよりも10~20度温度が高いので当然寒さの程度は異なります)。中国の北方の寒さとは一時間歩いていると手や足がかじかんで神経がなくなるような感覚と、どことなく鋼鉄のようなドライアイスのような金属的な肌触りと香りのする寒さで、実は冬の北方は7年ぶりなのですが、この感じがとても好きです、
 中国は1月26日が旧正月で、今は年末モードです。今回は会おうとする人がことごとく「明日から故郷に帰るから今日中に会おう」といった調子で、前半に会食を詰め込みました。当然酒も入ります。寒さに度の強い白酒を体内に流し込み、久しぶりの再会に会話も弾みます。ただでさえ経済・社会・政治面で寒いこの時勢、議論も白熱していきます、。ぼくはこういうことがとても好きなのですが、こういうときに調子に乗ってしまう悪い癖があり、この日は携帯電話(中国用)をなくしました。店にはなく、路上に落としたのかもしれませんが、ヘベレケでは探せるはずもありません。「まあいいか、今夜はたのしかったし」・・・そんなふうに思いながら3時半ごろ、寝静まった街を帰路についたのでした。季節こそ異なれ、だいたい中国行きの初日はこんな感じです。
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by gikyoudai | 2009-01-19 23:17 | 中国
いくつかの感想
 中国では最近、和諧を理由にしたホームページなどの閉鎖をしばしば耳にする。和諧とは一般には「みな仲良くしよう」との現政権のスローガンであるが、実際には「党の言うことをおとなしく聞け」というふうに作用している面がある。人権弁護士たちが揺さぶりをかけられる場合にしばしば「和諧を損なうな」のように言われ、愛国主義者のホームページが閲覧不能になるのも同様の名目かららしく、前々から気になってはいたが、9日にも中国で人気が高いブログ群の「牛博網」がやはり和諧を理由に閉鎖されている。エキサイトのぼくのブログは相変わらず閲覧不能のようだ。
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 いつだったか、ぼくが党のことを話すのに対して「最近は党員も変わってきているのではないか」との若い人の指摘があり、それはもっともな意見だが、その例に挙がったのが「若い党員が社会などよりも就職のために党員になる」ということだった。かかる文意に即して言えば党員はちっとも変わっていないことになる。昔から少なからずの人にとって党員になるのは要は利権を得たいためであり、党と関わらなければ利権を得られないことが問題なのであり、いい就職という利権が欲しいかかる若い党員はなんら新しいわけではない。
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 ぼくは飛行機に乗るのが大変苦手であり、常に落ちるのではないかとの恐怖観念にかられてしまう。昨年だけでも何度かセスナのような飛行機に乗ったりもして、よくそんなことができると我ながら感心してしまうが、国際線などは航空会社、機種、座席が大変気になってしまい、2,3万円ぐらいの差ならためらうことなく高い方を選ぶ。それでも不安はぬぐいきれず、飛行機に乗ったら前の椅子にくっ付いてるビデオモニターに釘付けになり、常に飛行地図のページを見て何メートル上空にいてどこを飛んでいるのかを把握していないと落ち着かない(よってモニターが設置されていない中国国際航空やパキスタン航空などは原則として乗らない)。ただ最近は不安を和らげる方法を編み出しつつあり、それはひたすら映画やドラマをみて時間をつぶし、食事が出たらワインを複数回注文して立て続けに飲み、ほどよく酔ったところでオーディオで195,60年代の音楽をきくことである。酔った頭で当時のハリウッド映画の主題歌などを聞いていると「自分はなんとつまらないことにあくせくしているのか」と大きな気持ちになれる。酒に酔った体には揺れも時に心地がよい。
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by gikyoudai | 2009-01-12 20:44 | コラム
大分市に思うこと
 中国情報局(サーチナ)、ヤフーなどで掲載されている中国現代アート関連の連載インタビューの続きです。
第5回
「王春辰さん」
第6回
「何云昌さん上」「何云昌さん下」
第7回
「張慧さん・劉zhenさん」
第8回
「柴田恵子さん」
第9回
「金江波さん上」「金江波さん下」
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 大分市はのんびりとした街で、海の幸、山の幸に恵まれ、近隣の別府が西日本随一の名湯・泥湯を持つなど、休息するにはもってこいの場所である。
 ただ、大分最大の都市である大分市には活気がない。それなりに盛り上がってもいるのだろうが、あるとしたら東京の亜流のようなものがメインのように見える。6日に小倉で現代アートの人たちとの飲み会に参加したが、小倉の彼らのように東京など眼中になく、そのことがかえって東京からも注目されうるようなアグレッシブさに大分市は欠けるように思えてならない。東京でも大阪でもなくあくまで大分である文化を探すのなら由布院に行かなければならないのかもしれず、大分市をわりとくまく歩いているつもりなのだが、あまりにも何もない。
 最近、大分市を歩くと目に付くのはマンションばかり。あるいは大分県内での大分市への一極集中が起こっているのかもしれないが、かくなる社会変化が市内の伝統的な産業、たとえばぼくの実家のような古い飲食店に直結するわけでもなく、そういう所は閉店が目立ち、どこにでもあるようなフランチャイズ店や東京の物まねみたいなものばかりが潤っている。むしろ大分市は文化的には骨抜きにされているように思えてならない。
 願わくば小倉や由布院で出会えるような独自な文化を大分市にも築いてほしいと思うのであるが、無理なら小倉の衛星都市になることを期待したい。北九州が大きくなり、大分がそのベッドタウンになるのもいいかもしれない。でなければ東京の出来損ないにしかならないのではないか、などと思っている。何もないというのはけっして悪いことではない。おいしいものが食えて、気持ちのよいお湯に入り、美人(美男)と結ばれて仲むつまじく生きていくことが悪いはずがない。ただし、それを守るためには大分市がなんたるかの位置づけが不可欠で、でなければ大分市は今後も伝統産業や県内の中小都市・村落をますます骨抜きにしつつ自らも骨抜きにされる道をたどらざるを得ない。そうではなく、大分はあくまで大分なのであるか九州の中心都市の1つであるか日本の極めて地味な田舎都市であるかの模索をすべきだと思うのだが、いかがであろうか。
 以上の意見に対する具体的な反論にぼくは出会いたくてウズウズしている。
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by gikyoudai | 2009-01-08 22:41 | お知らせ
09年の目標の設定
 小倉で正月を過ごし、更新が遅れました。09年の目標を設定いたします。
(1)引き続きとにかく書くこと。
・・・・・・・まだ書いていない分に加えて(2)の軸の書き物も含まれる。
(2)これまでの北京通いをどう継続させていくかも含めて新たな軸を模索する。未体験の分野のトライも視野に入れる。
・・・・・・・要は何をやっている人であるかの模索。
(3)横つながりの関係、故郷との関係強化。第3の地の発掘。
・・・・・・・ぼくにとって故郷との関係作りとは、およそ土のにおいがしてこない幕張メッセや天王洲アイルや武蔵野線のなんとかニュータウンを作ることと同義ではないかと思う。そしてぼくはそのことに昭和でも大正でも江戸でもない明治の香りを読もうとしている。
(4)功夫の理解と獲得。
・・・・・・・要は強くなりたい。
 今年は以上の目標でやっていきたいと思います。
 
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by gikyoudai | 2009-01-04 20:58 | 日記
08年の目標の再読ならびにご挨拶
08年の目標を振り返ります。
(1)とにかく書くこと・・・言い訳はなし、で。
・・・・・50%。2つやるべきことのうち1つをやったから。
(2)九州への年3回帰省、第3の地の積極的な訪問、横つながりの成熟化はやって当り前の前提的目標とする。
・・・・・(1)をやる中でそれほどやれなかったのは仕方ない。収穫は香港。それと小倉、神奈川という育った故郷で仕事ができたことはとてもよかった。
(3)武術の稽古を続ける。
・・・・・曲りなりに続けることができた。
 全般的に07年よりはがんばったと思います。

 早いものでもう09年です。今年もよろしくお願いいたします。このブログをご覧になる全員にとって今年がいい年でありますように。
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by gikyoudai | 2009-01-01 01:39 | 日記
   

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