> 関連ページ
プロフィール
書籍購入はこちら
麻生晴一郎ツイッター
ブログ・ランキング
.・・・・・・・・・・・・・・・・
リンク(link)
(個人・・・エキサイト以外)
東洋魔女 欲説還休
王慶松的世界
両性視野(荒林)
日々の営み(安原伸一朗の読書日記)
北烏山だより
thinking on the borderland
北京益仁平中心
北京緑十字
北京新時代致公教育研究院
馬寶寶社区農場
重慶・器空間
重慶・黄角坪アート
深圳・雨点在行動
益行マラソン倶楽部
shanghai blues
掌友会別館
Sights&Photos by Tokyo resident

Text by Chonda-はろばろとpart3
黎明前的舞踏
中国公民維権連盟
ツイッター
・・・・・・・・・・・・・・・
ちゅうごくけんぽーブログ
そうけんにっき
四ツ谷ぶろぐ
豊川中国武術愛好会
姫路中国武術同好会
中国伝統武術・掌友会
・・・・・・・・・・・・・・・
室蘭と浦賀
Cafe:Rebirth
wangsoo(ワンスー)
新できるだけ人生や愛とは関係ない日々
彩奴のとはずがたり2

山は富士、花は桜木、男は衡
写真機放浪記
Weblog 評論
みどりの果敢な北京生活
新米脚本家の南青山底辺日記(上杉京子)
Hide's Photo Street
幸せはいつも自分の心が決める!!
アジア、音楽、美食
pmeastern2006 Blog
とことこ
晓彤的博客
daoyouzi的博客
春树
丁未堂画廊
脚本家 原田佳夏
孙 秀萍的博客
告诉你一个真日本

緑島小夜曲
匡匡の框
晴耕雨読
小林多喜二、大好き。佐藤三郎ブログ
TOMMY のトホホ放浪記。
中国と朝鮮が溶ける辺境
urara blog+drawing+
minochika
小舟にて
ジョーク・ドッコム
sak's HP
ムロフシカエの部屋
ふじくんのページ
0 1/2
丝路泛舟 阿生的
馬貴派八卦掌
(個人をつなぐ)
恋するアジア
纵横周刊
自由写作
東洋鏡(旅日華人・生活・思考・写作)
八万湯プロジェクト
WEBマガジン・によによ
あしたのボクシング
道听途说(中国のバックパッカーのページ)
北京日語角(日本語を学習する北京の人と日本の人との交流サークル)
私の戦後処理を問う
AsianComplex (亜洲総合工作室)
> 以前の記事
2017年 08月
2016年 12月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 03月
2016年 02月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 02月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2003年 01月
> ライフログ
辻原登著
李佩甫 著
ゴーディマ著
陳天璽 著
太田和彦著
根本美作子著
赤川学著
宇佐美游 著
遅子建著
藤井省三著
塚瀬進著
林壮一著
富永俊治著
谷中公一著
大沢敏郎著
上野千鶴子著
毛丹青 著
原田佳夏著
柳本通彦 著
王敏 著
浅川マキ 著
王智新 ・呉広義著
衛慧著/泉京鹿訳
旻子著/山邉悠喜子訳
ピエール・アスキ著
/山本知子訳
丸川哲史著
三浦展著
中谷健太郎著
加藤徹著
森巣博・森達也著
松本健一著
斉藤寅著
五十嵐貴久著
李大同著
松永まみ著
宮沢章夫著
白樺文学館
榎本泰子著
中島京子著
春樹著/若松ゆり子訳
綾井健著
田尻芳樹編
木村尚三郎
高井ジロル著
高井ジロル著
高井次郎著
<   2009年 02月 ( 7 )   > この月の画像一覧
飲み込むことの大切さ
 明日(27日)発売の月刊宝島4月号で『中国「一党独裁廃止」ネット署名運動の深刻度』を書きました。機会ありましたらご一読ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 今回はぼくがともすれば陥りがちなことへの自戒を書きます。
 標題の飲み込むことがいつ何時でも必要であるかと問われると、そのようには思いません。たとえば、今ぼくはわりと08憲章関係の原稿を書いていますが、政治的に敏感な話題でも知ったことは隠さずに書いていくことが時には大切かもしれません。
 ここで言う飲み込むことは、対人関係に伴う精神衛生の話です。たとえば身近にいるある人間に対してなんらかの不満を持ったとします。時にそれを本人に語ることは大切ですが、語りつくせないほど不満がたくさんあるかもしれませんし、ちょっと口に出せない場合もあるかもしれません。
 その際に肝要なことは、ともすればそれを自分の心の中であれこれとめぐらした挙句、「自分はかくかくしかじかだから相手が悪いのだ」などと自分の正当性を確認しがちですが、あまりこれをやりすぎないことです。そうではなく、不満のもやもやを心中に残しつつ生きていく必要があります。心中の不満もやもやの全く存在しない状態では、自分があまりにも正しくなりすぎて行動ができなくなり、さらには他者を捨て去ることにもなります。なぜならあまりにも完全すぎる批判は現実から乖離しがちだからです。心の中での他者への批判はほどほどでやめる必要があります。少なくともその批判の正当性に則って他者を捨て去るのは慎重にならなければなりません。自分が正しいと思えば思うほど、今の自分を疑うべきなのです。
 考えてもみれば、最も多感かつ知的好奇心も最も旺盛な高校・大学時代において、ぼくたちはずいぶんと級友といさかいや対立をしました。その原因は些細な場合もあれば、ぼく相手にはあまりなかったのですが取っ組み合いの場合もあったし、これが最も多いですが全人格や家族を否定する話であることもあります。なにしろ、若い盛りの人が全力で相手を攻撃するのですから相当なものです。とはいえ、翌日にはまた席を並べ、ただし心の中にはいくばくかの不満を抱えたままです。そんな状態に慣れながら日々を過ごしたのが学校時代だったのではないでしょうか。今も親しくする高校・大学時代の友人は何人もいますが、すでに関係が薄れたかつての友人も含めて、喧嘩の数だけ友達もいたと言えます。
 しかし、歳を取るにつれて、もやもやを抱えながら生きることを忘れがちになります。ぼくは中国でやはり喧嘩の数だけ友達ができたと言えるので、必ずしもそうではないかもしれませんが、それでも日々の中でついつい他者批判という精神衛生法で自己を完全に正当化してしまい、他者を捨て去ってしまうことをしがちです。また、中には喧嘩をしながら友人を作る体験がなかった人もいるはずです。特に若い人は、わりと敏感で、あることがきっかけで二度と口をきかないことが多いかもしれません。もちろんそのすべてを避ける必要はありませんが、友情が他者と他者のつながりである以上、衝突なくして起こることはありえず、そのすべてを避けてきたのだとしたらそれは大切なものを失うかもしれません。たとえば、一昔前の日中比較文化の本はしばしば、ある人がある人を批判し、それに対して相手が「ありがとう」というような付き合い方を中国人がする、などと書いたりしていますが、そういった倫理があることは確かにせよ、現実にはその逆で、どこの国であろうが衝突が起きなければ正しい批判だとも言えないのです。だから、喧嘩慣れしていなければ、批判されることで関係が切れたり、さらに言えば、批判はするけれども、その批判に対して相手が怒ったり、無視した場合に、それで一切が終わってしまうのです。そうではなく、それに相手がキレたり無視したとしたら、その反発的な行動もまた不愉快ではあるが当たり前、として放置しておくことがうまくできない人が最近は多いのではないか、そしてぼくもそうなりつつあるのではないか、そのように自戒するのです。
[PR]
by gikyoudai | 2009-02-26 14:56 | お知らせ
冴えない日には読書
 外の天気のように冴えない日が続きます。やろうとしていることがなかなか軌道に乗らず、気分がもやもやします。
  そんなに読書人ではありませんが、昔からこういう時は無理にでも読書します。『学問のすすめ』を読み返したり、新しい本をあれこれと読んでいます。
[PR]
by gikyoudai | 2009-02-24 14:37 | 日記
雪→皮革→女性の魅力→旬→テレビ→鉄道
 明日は雪の予報が出ている。たのしみにしている。
 そろそろ春が来る。春は春で嫌いではないが、寒くなくなるのが惜しい。温かくなると皮革を身に着けることがなかなかできない。皮革の服が好きで、毎年一着か二着買うのを続ける。皮革の魅力はいろいろあるが、古ければ古いほどカッコいいというのがよい。そういう価値観に惹かれる。食べるのもそうだが、着ることもぼくにとっては第一に観念である。
 古ければ古いほどよいというのは女性の嗜好にも現れている。相応の年輪を感じさせる、たとえば浅川マキのような年上の女性も好きだが、そうでなく若い女性でも歳取るごとに味の出そうな若い女性が好きで、若々しい旬な女性に惹かれにくい。
 旬を愛でるということが好きになれない。会話は若い人が知らない固有名詞を多発し、一方で最近の話題を知らずに「時代遅れだ」と言われることに喜びをおぼえる。小学校高学年から続いている癖で、中学の頃はこれを実現せんがためにあらゆる新しい情報をキャッチし、それをあえて知らないふりをする、ということを繰り返し、いつしか旬を知らないことが地になっていった。文章から見たぼくを「団塊の世代の人みたいだ」と評する人に会ったことがあるが、自分では明治時代前半の人間みたいになりたいと思っている。
 旬を好まないわけだからテレビも新聞も好まない。新しい話題に付いていく必然性はない。
 こうした習性はいろんな背景から来ているのだろうが、たとえば60年代生まれで鉄道が好きだったことは避けて通れない。昭和三十九年十月、昭和四十三年十月、昭和五十三年三月、昭和五十七年六月、というのは当時の幼い鉄道ファンにとって忘れられない暦であり、この世の終わりを意味した(いずれも新幹線の開通で在来線の看板列車がなくなった時)。昭和五十年前後から鉄道を愛した者は比較的早くから「時代が進めば進むほど世の中はつまらなく、(文化的に)貧しくなる」ことが必然の理であり、年々ダメになっていく世の中をわりと当然のこととして受けとめることができた(ただし、当時は繁栄の陰で味気なくなる、という価値観ではあった)。こうしたことから旬を嫌い、古いものに憧れる習性がごく自然に身についた。
[PR]
by gikyoudai | 2009-02-19 22:43 | 80年代
おいしい物を食べ、うまい酒を飲み、愉しい語らいができそうな風景
 今日発売の「週刊金曜日」で連載「浮澡中国」第12回「08憲章と中国政府の圧力」が掲載されます。機会あればご一読ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 こういう文章をこのブログで何度か載せたことがあります。ぼくが中国に行こうとする時の関心の力学を示したようなもので、旅先だけでなく、いかなる媒体で中国について書く時も、さらに言えば東京など日本にいる時も、すなわちぼくがここにいる限り常にぼくの隣りにいて佇んでいるようなそんな文章です。
 どことも知れない殺風景な野原の道があって、ひどい曇天で雨がいつ振るか気になり、山賊が隠れているのではないかと気を揉み、道を尋ねたら反対方向を教えられる。やがて官憲の捜査に出くわし、そのうちの一人と目が合っていそいそと元来た道を戻り、さらにジグザグに進んでもはや方向もわからなくなっていた時に、とある民家から夕餉の煙が立ちのぼっているのが見え、なんとなく空腹感につられて入っていくと、そこはたまたま自分のような人手を必要としていて、しばらくそこの住人となる。やがていろんな矛盾が出てきて、またぞろ外を歩こうかと思い立ち、別れを惜しみ、何日か分の食料と友人の名のリストを渡され、同じような殺風景な野原を歩く。
 写真にすれば、たとえばこんな感じです。この写真を見ただけで、おいしい物を食べ、うまい酒を飲み、愉しい語らいができそうな気がしてきます。写真にある家とは限りませんが。
b0036982_12362384.jpg

  ここに何の意味も感じない人にとっては何の変哲もない、たんに寒そうで殺風景な場所でしょう。そして、無数にあるこうした光景の中の「ここ」に意味を感じることが、生きることであり、旅することであり、書くことではないかと思います。書くことは注釈だともいえます。
  これまでいろんな所を旅しましたが、中国よりもはるかに居心地のよい場所は日本にも海外にもたくさんありました。居心地のよい場所は初めから「いい所だね」と言われ、実際にいい所だと思ったりもします。そこには注釈の余地がなく、また書く必然性もないのかもしれません。ぼくが中国に通い続けるのは、ぼくがいまだ注釈をせざるを得ない未熟な存在であり、注釈の余地なく「いい所」と言われる場には収まりきれないからなのでしょう。
[PR]
by gikyoudai | 2009-02-13 12:17 | お知らせ
理解を放棄すること・・・若者文化
 若者文化を理解したくないと常々思っている。日本の若者文化を知りたくもないし、中国に関しても、中国の若者文化というテーマには抵抗感をおぼえる。
 なぜ若者なのか、若者というカテゴリーで何かを考え、語らうことができるのか、そう思う。そこで語られるのはぼくの若い頃で言えばシラケやネクラやDCブランドであり、一昔前だと援助交際や携帯電話(ピッチ)だったり、確かに担い手の多くが若者には違いないが、若者の全員が支持するわけではないし、若者に興味を持つ前に興味を持つべきことがあるのではないかと思う。興味というのがたとえば民主主義だったり色恋だったり、理想的な生き方だったとしたら、そのテーマで若い人が発言することはあるはずで、それを認めていくことこそが若者との付き合い方なのであって、若者に理解を示すことは若者との付き合い方として自分はやりたくない。
 若者文化を理解したくないと思うのは、「若者に理解のある」大人からさんざん苛められてきたからかもしれない。ぼくは「若者に理解がある」大人が大変苦手だったのだ。何が苦手かって、若い人に理解があると自認する人は往々にして単一な若者像を描く。「今の若い人はシラケ世代であり、ぼくはシラケ世代の理解者だ」のように。そこに暴力が含まれることに彼らは気付かない。あの頃、若い人の誰も彼もがシラケ世代を支持したわけではない。ぼくがそうであったように。ところがそんなぼくのような人種はのっけから「古臭い保守的なつまらんやつ」のように扱われ、果ては「お前は若者ではない」と若者のカテゴリーから外されてしまう。若い時分、自分より一回り上の男性と会うと、常々そのように言われ、さらには金八生徒支持者を自認する担任からは「お前の目は濁っていて若者のそれではない」「俺はお前の生き方が嫌いだ」だのあれこれ言われた。本来彼らが語るべきなのは若者などとは切り離したシラケそのもののよしあしなのであって、シラケを若者と同一視した上でそれを若いからと支持することではないのだ。ぼくは若者理解を放棄するようになり、それはひいては他者理解そのものに影響を与え、おそらく中国と接する時にも通じていると思う。やはりきっかけは80年代だった。
[PR]
by gikyoudai | 2009-02-09 22:54 | 80年代
フィクションは言葉がない所から始まる
 今、生活苦や精神的な苦しさを理由に通り魔のような犯罪を起こした場合に、犯罪を起こした者の生活や精神的苦痛が顧みられる世の中だと思う。犯罪でなくても、生活苦や精神的な苦しさをわかってあげようとすることが前提であるような、別の言い方をすれば、ことこうしたテーマに限定して言えば「わかってもらえない」という不満がいくばくかの市民権を得ているような世論がある。ぼくはそのことを批判するつもりはないし、わかってあげようとする世論が理解を生み出しているかも疑問なのではあろうが、ここで言う話はそういうことではない。
 日本がバブルと言われた時代は、ぼくがこれまで生きてきた中で最も貧しい時期とぴたりと一致する。後に95年から99年にかけてほとんど収入のない生活を体験したことがあるが、85年から91年にかけての借金をもとにした困窮に比べたら一文無しの生活などたいしたことがなかった。困窮ぶりについてはいずれ書く機会があるかもしれないが、困窮と同じぐらい苦痛だったのがそのことを語る資格を持ち得なかったことだった。
 「そんなのは今、流行じゃないよ」
 ぼくが高校で、あるいは大学で、ある人に自分の今の生活をつぶさに報告した時、こういう反応は少なくなかった。恰幅がよく、裕福なお坊ちゃんに見えなくもない外見にもよるのかもしれないが、周囲の人の多くがバブルの時にありがちな交際形式をぼくに要求した。いや、要求ではなくて、世の中にそれしかなく、善意がたまたまそういう形になったのだった。
 またぼくは高校の時に一年間ほど、精神的にひどく落ち込んだ時期があったが、たまたまぼくが太宰治やドストエフスキーを読んでいたことと、生来の三枚目的な扱いを受けたこともあって、
 「あいつは太宰の真似をしてるんじゃないか」
と茶化されてばかりだった。多くの人が落ち込んでいるぼくを面白おかしく受け入れてくれた。それはありがたくもあり、悲しくもあった。
 同じ苦痛を、語れる場合と語れない場合とでどちらが苦しいかということは同時代的に語ったことのほとんどないぼくにはわからない。ここで言いたいのは苦痛の程度でなく、語れないという全く別の次元の苦痛があることだ。たとえば、日本語の中に貧困を表す単語や表現がまったくなかったとしたら、貧困を語ることはできなくなる。もしそれを訴えたければ、言葉を知らない赤ちゃんのようにひたすら泣き喚くか、もしくは暴力行為に出る以外にないかもしれない。こうしてぼくはまず第一にメディアを憎み、同時代の文章に吐き気をおぼえ、流行が嫌になり、さらに言えば現実の自分をフィクション化して生きるようになった。もしありのままの現実をぼくが生きたのなら、今でも語り継がれるようなどえらい犯罪を起こしかねなかったのではないか。語れない苦痛は過去の現実の苦痛以上の影響をぼくに与えている。どういうことかと言えば、今、もしかりにぼくが貧困であったなら、これだけ貧困が語られているという理由だけから自分の貧困を語りたくない。貧困よりも貧困が語られていることの方に意識のウエイトが行ってしまう。あるいは貧しくなればなるほど金持ちに見せたくなるかもしれない。こうした異常なあり方はこの苦痛を経験したことのある人にしかわからないことかもしれない。
 ぼくが危険なアルバイトまでして旅に出るようになったのは、いろんな理由があるものの、一つには上で挙げた意味での言語を獲得したかったからだった。あの頃は外交官になりたいとか、商社マンになりたいとか、当時にありがちな就職希望をも持っていたはずだが、結局上海からハルビンの従業員に流れ、その先にある今の生活に行き着いたことは本意か不本意かではなしに必然だった。
[PR]
by gikyoudai | 2009-02-06 10:43 | 80年代
北京日記09冬4
食事日記
1月19日:昼食11時半・・・焼肉(花家地)、夕食17時・・・・JAL782便の機内食
 北京日記09冬はこれでおしまいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 怪我のために更新が滞り、北京日記も終わらせられないまま1月を終えてしまいました。おかげさまで現在はほぼ回復しております。その間、八卦掌の講習会に出たことなどもそのうち書いていきたいと思います。
b0036982_038393.jpg

[PR]
by gikyoudai | 2009-02-04 00:38 | 中国
   

読むことと旅することと生きること、そして書くこと
by gikyoudai
> 最新のトラックバック
ゲーム 無料 マリオ
from ゲーム 無料 マリオ
garcinia ind..
from garcinia indica
garcinia wei..
from garcinia weigh..
click throug..
from click through ..
pure garcini..
from pure garcinia ..
映画「あの頃、君を追いか..
from soramove
副島隆彦を囲む会では、貧..
from 副島隆彦の学問道場
iPadとAndroid..
from iPadとAndroidタブ..
イーモバイル ポケットワ..
from イーモバイル ポケットワイフ..
0円パソコン
from 0円パソコン
介護事務の求人転職募集を..
from 介護事務の求人転職募集を札幌..
カーシェアリング
from カーシェアリング
キムチのオススメお取寄せ通販
from キムチのオススメお取寄せ通販
戴氏心意拳 六代目伝人 ..
from 中国拳法(ちゅうごくけんぽう..
かばん 激安 バック 格安
from かばん 激安 バック 格安
脱毛する必要性
from 初めての不安を解消するblog
テレビ番組『ハイビジョン..
from へなちょこ☆セイジンのアート散歩
大分 転職 就職 ハロー..
from 大分 転職 就職 ハローワー..
熊本 転職 就職 ハロー..
from 熊本 転職 就職 ハローワー..
きなり黄金伝説で紹介され..
from 誰でも楽しく!おいしく!料理..
> 検索
> ファン
> ブログジャンル
> 画像一覧