第4回日中市民交流対話プロジェクトは第1~3回で招いた周鴻陵さんを中心に、彼の知り合いに同行してもらう計画で進めました。今回は予算がなく、周さんが自腹という形で協力してくださいました。
ただ残念なことに、メインで招こうとした人がビザを取れず、来日を断念せざるを得ず、表立った活動はできませんでした。
経過
(1)2015年10月、周鴻陵(市民活動家)、銭宏(農民評論家)
・・・4泊5日、東京滞在。銭宏氏が主宰するシンポジウムイベント「共生論壇」を東京で開けるよう交渉するのがメイン活動で、当方(AsiaCommons)はNPO法人「知的生産の技術研究会」のお世話になり、「共生論壇」が共同開催できるかを話し合った。また周鴻陵も自らの知り合いと会い交渉した。だが、いずれにおいても、銭宏の構想が16年1月までに数日間のシンポジウムを大々的に開きたいという、日本の仕組みに照らせば余りに非現実的なものだったため、頓挫した(共生論壇は結局北京で開催)。
(2)2016年1月、文化大革命関連の民間レベル討論会計画(具体的には日本人のさまざまな中国観を香港・北京のメディアで紹介する活動)
・・・香港の某メディア会社からの経費もあり、実現可能かと思われたが、主催者のО氏(香港メディア関係の北京市民)がビザがとれず、討論会は中止。
★ビザがとれなかった理由・・・О氏は北京市民なので北京日本大使館にビザを申請する必要がある。必要書類はすべて北京に送ったが、肝心のО氏が香港から中国に戻ることができず(中国入管による措置)、申請できなかった。
★ぼくがО氏の媒体に文化大革命について書く形だけになりそう。
以上です。今年度は実りある活動とは言い難かったのですが、日中間の考え方の違い、ビザなどの壁があり、今後会を続けていく上で勉強になりました。お世話になった方々にお礼を申し上げます。引き続き第5回を考えていきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。