夜、作業場を後にし、六本木一丁目駅のエスカレーターを降りていると、上から激しい音が近づく。
振り返るや、立派なスーツを着た白髪の紳士が、ぼくの目の前の所まで転げ落ちてくる。こういう時、なぜかぼくはおそろしく冷静に対処することができ、普段は自慢にもならない体重も助けになり、その人を両手で受け止め、事なきを得た。二十段近く落ちたようで、ぼくがいなければ、あるいは、ということになっていたかもわからない。
脳梗塞か何かかと思い、隣の階段で休むように勧めたが、そうではなく、掛け始めの老眼鏡がまだ慣れてなく、足を踏み外したと、丁重な礼を述べつつ言う。多少酔っていたのかもしれないが、落ちた当初は顔面蒼白だった。しばらく様子を見たが、異常もなさそうなので別れた。
ちょっとした不注意が思わぬ事故にもなりかねない。そういうことがわかる歳にぼくもなりつつある。